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  幸せな笑顔を励みに
 
  私は中尾の義兄から、突然に協力を求められて、今の学生寮の前身になる
下宿屋を始めました。まだ私たちも若かった頃です。
一晩考えた末、協力することにしました。

  中学生は小学校を卒業したての親と離れがしたい歳ごろですから、夜遅くまでいろいろと
話を聞いたり話したりします。
  また病気になられた時の寂しさを感じることもしばしばです。
永年のお付き合いのあるお医者様に、半ば「たたき起こす」感じで協力を

お願いすることもあります。ご家庭に様子を連絡したり、おかゆを作ったりと忙しくしますが、回復された学生
さんの笑顔は、とても言葉では言い表せません。

  毎日の食事の準備、少しでも栄養のつくものをとお店を駆けめぐります。田舎の義兄夫妻も、農薬を使わない
野菜をつくって運んできてくれています。虫食いだらけの野菜もあります。
義姉が常々
   「将来の健康な母体の為に作っている野菜だから農薬も使えないの。
     虫取りなどしんどいけど、虫食いはおいしい印よ。面倒でもきれいに洗って料理してね。」
と言っています。手抜きはできません。

  毎年の遠足や運動会のためのお弁当作りは、楽しくもあり悩ましいことです。
グランドなどの屋外での食事になりますから、食あたりにも気を配らねばなりません。
本人が好きなものを入れてあげたくても、できないときは悔しい思いをします。
工夫してごまかしたようになりますが、我慢してもらいます。そんなときはとても辛いです。

  卒業して退寮した幼顔だったあの学生さんが、何年も経った後に突然にお子さんを連れて訪ねて来てくだ
さることもあります。そこには、はつらつとした若いお母さんの笑顔があります。
私たちにとっては何にも変えられない喜びです。このような仕事をさせていただいた者でないと味わえないこと
であり、平素の努力が報われたように感じます。この笑顔が私たち夫婦の励みになっています。

  これからも仕事のできるかぎり、幸せな笑顔を見ることを楽しみに頑張っていきたいと思っています。
  私たちと子供たちの暮らし 「寮生活」

 
  ことの始まりは定かではないのですが、おそらく1975年頃と 思います。
  当時、高校の教務担当だった中尾一弘が、
    「下宿生を引き受けてくれないか」
という上司からの依頼を引き受けたのが初めだったと思います。

  我が家が部屋数が多いということが上司に知られていたためと、公務分掌の
役目がそうさせたのだと思います。
以来、今に至るまでずっと続いています。これも洋子の妹、大西夫婦の協力が
あったからこそ続けてこれたのです。

  当時、一弘の祖父母が亡くなって家族も少なくなり、私には子供もいなかった
ので、家族が増えたような感じでした。

その後、一弘と洋子は結婚して11年目にして待望の我が子を授かりました。可愛い女の子でした。
妹夫婦も私達も「子供のためにもなることなので」と、下宿を引き受け続けることにしました。

  やがて子供が成長すると、襖一つ隔てた生活環境では、家族で話し合うことも口論することも、
同居している子供たちに気を遣っていることにに気がつき、別に学生ための宿舎を建てることにしたのです。
ちょうどこの頃、大阪に本山があるお寺さんに布教所として13年間無償提供していたアパート改造の布教所が
返却され、ここに建築することにしました。
寮の名前は、学生がまなぶ場所 ということで、 學(まなぶ) としました。
教員を退職後は公立、私立を問わず子供たちが勉強するための場として、家族、親戚が協力して今日まで
がんばってきました。

  自宅で下宿を引き受けていた頃は、食事も同じテーブルでしたが、寮にしてからは学生だけの食事になって
います。しかし妹夫婦が寮父母として寮に住み込んでくれているので、時には同じ食事時間を共有することも
あります。おかげさまで多くの寮生の卒業を長年手伝ってこれました。
妹夫婦は年中無休で学生生活をバックアップしてくれているので、寮の学生さんはもとより、保護者の方にも
安心して学生さんをあずけていただいています。

  私たち家族は、離れた田舎生活で畑と水田を担当して毎日の食事のための食材の供給係を担っています。
家内の
     「女の子の将来を考えて、好き嫌いのない食生活、農薬を極力控えた野菜を作ろう
の言葉で、寮で使用する野菜の3分の1をまかなう努力をしています。
             
  数年前、女子学生だけの生活をサポートするガードマンが やってきました。
名前は愛犬 ティガ。学生さんにつけてもらいました。
彼は豊平の田舎で、心ない飼い主に200x年の年の瀬に捨てられ、警察に保護されていました。
    「元の飼い主が現れるかもしれない」
と警察で手続きして、半年落とし物として飼育することになりましたが、結局飼い主は現れず、寮のガードマン
として余生を貢献することになりました。
お陰で周囲のビルのほとんどは窃盗に入られているのに、「アビタシオン學」はこのような事件は皆無です。

  入寮生の多くは口込みで尋ねてきてくださっていますが、最近は学校・学園側からの紹介もあり、少しずつ
知られてくるようになりました。